Episode-1 自分コンテンツ(個人文化)という発想・10年タイムラインと自分アーカイブ

第一回のネット公開は、ダイジェスト版です。

「自分コンテンツ(個人文化)」という発想

2002年春、ある実験をおこないました。1つの作業を終えるまでのプロセスを毎日、記録・公開していくというものです。実験の狙いは「暗黙知」にありました。暗黙知というのは、文字や言葉では伝達しにくい知識情報のことです。

学校の授業も企業研修も、その多くは「形式知」です。言葉や文章、図、写真、映像などを駆使してマニュアル化し、受講者に教授します。その一方で学校や企業などの現場では「技を盗め」という話をよく聞きます。しかし、いくら「技を盗みなさい」と言っても、暗黙知を意識していない学習者には、なかなか伝わらないものです。「本人の努力次第」などと突っぱねてしまうと「何も教えてくれないじゃないか!」というクレームがきてしまうでしょう。逆に形式知を徹底した(マニュアル化された)講座は、クレームが出にくいものです。

この実験は、予想に反して大きな反響がありました。毎日の作業を記録・公開するだけの内容にもかかわらず、お金をかけて作り込んだ教材サイトよりアクセスが多かったのです。これには、正直驚きました。この実験で得たことは、学習者の求めているものは暗黙知の形式知化にあったということです。今までにない学習欲を感じたのだと思います。

ある人間の作業を追っていくと、成功・失敗などいろいろなものが見えてきます。例えば、ある本に解決方法が書いてあったとします。その方法を公開して「このやり方で解決できた」と記せば、作業の記録として成り立つわけですが、本のどの部分が参考になったか、本をどこで見つけたか、本を見つけるためにどういう行動をしたか、などの情報も添えます。そうすると、「本はあるサイトで知った」→「そのサイトは検索で発見した」→「検索にはこういうキーワードを入力した」など、体験に根ざす多くの「知」を得ることができるのです。この場合、手順は重要ではありません。その人の勘とか考え方、信念などが少しずつ見えてくることに意味があります。まさに関係から関係へとリンクされた「知」を学び取ることが重要なのです。

自分がおこなう作業のプロセスを毎日、記録・公開するだけで、知恵の蓄積・公開につながる。「自分コンテンツ(個人文化)」という発想は、ここから膨らんでいきました。

記録に徹すれば「知」が創られる

人間というのは好きなことに集中すると、眠っていた能力が目を覚まします。行動も積極的になります。どうしても欲しいものがあれば、動くことが苦ではなくなりますよね。但し、期限付きです。熱はどこかで冷めるからです。私が考える「自分コンテンツ」というのは、熱いとき、ワクワクしているときの作業歴です。黙々と日記を書く、レポートとしてまとめる、思い出しながら自分史を書く、といった作業とは大きく異なります。

以下が、最初にまとめた「自分コンテンツ」のアーカイブ・ルールです。蓄積されて意味あるものですから、持続できるよう「記録」に徹するのがポイントです。興味があること、好きなことを対象にします。冷めてきたら、あるいは次の新しい興味が出てきたら終了します。

・一般の人が容易に続けられるように日記のスタイルでおこなう
・今一番興味のあることを対象とする
・持続できるよう「記録」に徹する、箇条書きでもかまわない
・読む人を楽しませようとしない
・情報、感想、意見、知恵という括りを意識して記録する
・情報には可能な限り注釈(参照、リンク)をつける
・記録には、メモ帳や携帯電話も利用する
・興味がつきるまで続ける、つきたら終了する

何かに熱中したり、ハマったら、この「自分コンテンツ」アーカイブ・ルールに沿って記録していきます。デジタルカメラが欲しい、ゴルフを始めたい、家計簿をつけることにした、旅行を計画している、子供が生まれた、引っ越した、病気になった、何でもいいのです。たまたま、同じ時期、同じことに興味を持つ人が世の中にたくさんいるはずです。ネットを検索していて、そういう人の情報を発見すれば必ず注目します。重要なのは、そこに生まれる共感です。

人を楽しませようと思って日記を書いても、なかなか持続できないもの。ホームページ更新のお手軽な手段として日記を公開している人の多くは”ネタ切れ”で苦しくなっているはずです。言ってみれば雑誌の編集と同じわけですから、仕事でもない限り、そう簡単に続けられるものではありません。でも、単なる記録であれば持続可能です。しかも、自分が熱中していることですから熱意が違います。他人を意識する必要がないことに大きな意味があります。もちろん、(共感者が現れるまで)ある程度の義務を覚悟しなければなりませんが、それほど大きな障害にはなりません。

時間を経て、さまざまな「自分コンテンツ」が蓄積されてくると、自分自身のアーカイブワールドが形成されてきます。自分が熱中したことの記録を年単位で眺めれば、新たな自分発見にもつながるでしょう。到来するであろう学習社会の1つかたちとして機能するのではないかと考えています。


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